池田卓哉ブログ 風光日々新(ふうこうひびあらた)

素直な心で表現する場にしよう。そんな想いで始めたブログ。

方を付ける

「どうしたら片付くだろうか?」

知らず知らずのうちに

お荷物になってしまったそれらは

時と共にカタチを変えてしまった

心の表れかもしれない。


“過去から未来に託した想いや希望“

”目の前に積み重なる今“

 

未決着の

目に見えない“こと” も

目に見える“もの”として

身の回りを囲んでいたりする。

 

”方を付ける“とは終わりを決めて

そこに向かっていくということ。

 

”方の付け方“を考えながら

物事をどう終わらせるかを

自分で決めるということを考えていく。

 

片付けが上手な人はきっと

仕事の片付け方も上手。

 

ひとつひとつ“方を付けて”いこう。

あらためてそう思った。

 

 

去年仲良くなった人に

今まで知らなかったアーティストと

普段聴かない曲を教えてもらって、

新鮮な気持ちで聴いた。

 

その人の感性が良いなと感じていて

もう少し仲良くなれたら良いなと思いながら

毎日のようにやりとりをしていたのだけれど、

思いがけないタイミングで

急に連絡が取れなくなった。

 

終わりは自分で

選べることばかりじゃない。

自分自身が整理されてしまうこともある。

相手なりに方を付けた結果なのかもしれない。

 

もう連絡が取れなくなってから

その人が教えてくれた曲が

また別の意味合いを持って

心に響くようになった。

 

同じ表現でも

経験によって感じることの色味や深みが

その時々で違うことをあらためて思う。

 

機械ではない人間を生きている。

不要か必要か

白黒ハッキリできないものに囲まれて

手放せないで握りしめ続けてしまうものもある。

 

それを人は“執着”と

呼ぶのかもしれないけれど、


しっかりと“自分の感情を味わう。”

そういう心の方の付け方も

あるんじゃないだろうか。

 

今はこの想いを噛み締めている。