池田卓哉ブログ 風光日々新(ふうこうひびあらた)

素直な心で表現する場にしよう。そんな想いで始めたブログ。

個展初日

8回目の個展

初日を迎えることができました。

 

人の言葉や気持ちに支えられて

ここまで続けて来れたんだと

あらためてしみじみ思いました。

 

大変な状況が続いておりますが

それぞれに様々なことを想いながら

今を生きていることと思います。

 

すでにひとりひとりが

たくさん頑張っている状況です。

 

少しでも心穏やかに過ごせる日々を

強く願います。

 

 

お世話になっている

ギャラリーさんのはからいで

HPからでも作品の購入ご確認頂けます。

(個展期間中のみご利用頂けます。)

 

ストライプハウスギャラリーHP↓

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開催中の告知↓
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通販ページ↓

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個展と雑誌掲載のお知らせ

個展のお知らせです。

 

池田卓哉展 心の御空

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毎年お世話になっている

ストライプハウスギャラリーでの開催です。

(今回で8回目の個展となります。)

 

7月25日~8月2日 会期中無休 

AM11:00-PM6:30 (最終日はPM5:30まで)

 

感染対策に努めながら

会期中は在廊予定です。

 

↓どうぞストライプハウスギャラリーのHPも

 ご覧ください。

https://striped-house.com

 

 

お知らせがもう一点あります。

 

ありがたいことに

月刊ギャラリー7月号にて

個展の情報と僕のことを

紹介して下さっています。

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コロナ禍において少なからずそれぞれに

自分の心に蓋をしてることがあるのでは

ないかと思います。

 

自粛や我慢、諦める事が当たり前で

蓋をしてることすら自覚できていない

気持ちもあるのかもしれません。

 

自分の気持ちを

自分がちゃんと知っていること。

 

それは生きる上でとても大切なことです。

 

自分のことなのに

自分の気持ちがわからない時

僕はとても怖いことに感じます。

 

自分にとって

表現の意味の一つは

自分の心に正直になることです。

 

痛みも含めて

自分の心と向き合うことは

一つの癒しにもなります。

 

自分が本当の意味で

心を開いて対話できたなら

こういう時だからこそできる

人との対話もあるのではないか。

 

そこに不安がないわけではありませんが

 

たくさんの困難がありながらも

人と人とが同じ時代を生きていることが

愛おしくもあり自分の原動力にも

なっている気がしています。

器用に生きようとする不器用さ

感謝をするだとか

良い気分で生きるだとか

そのことで救われる自分もいるのだが

 

都合のいいところだけをみて

生きていくことによって

 

自分の中で蓋をして

扉を閉めて

鍵をかけて

なかったことにしてた部屋が

あったことに気がついた。

 

気づかないようにしてた感情

なかったことにしてしまった想いがある。

 

許せないことすら

許したことにして

本当の気持ちを否定し続けていたのは

自分自身だった。

 

ああこうやって

本当の声に建前を重ねて

自分の気持ちが

わからなくなっていったんだ。

 

子どもの頃から

空気を読むことに必死だった。

自分の本音よりも

人の顔色を見て生きることが大事だったから。

器用に生きようとすればするほど

どこまでいっても満たされない自分。

 

不器用でも良いから

誰かにとっての良い人ではなく

自分にとって良い人で生きる方が

正解なのかもしれない。

 

いったい誰の人生を生きているんだ。

いつまで人の顔色を伺って生きているんだ。

 

自分自身に問いかける。

 

たとえ

痛くても

心地よくなくても

ちゃんと自分自身が

感情の蓋を開けることで

踏み出せる一歩がある。

 

怒りだとか 悲しみだとか

本当はあるのに...感じているのに...
笑顔を作って

なかったことにしなくていい。

 

この怒りをちゃんと表に出していい。

 

まだ成仏できていない

怒りや悲しみに

耳を傾ける日があっても良い。

 

自分が自分として生きることに許可を出す。

空の裂け目に覗いた心

モヤモヤと曇った思考

いつになったらこの雲は

晴れるのか...

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相変わらず空ばかり見上げてる。

 

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ふとした瞬間 空が割れた。

 

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光を見上げながら思う。

自分にとっての光とはなんだろう。

 

空を見上げながら

相変わらず

自分の心見つめてる。

心の充電

「今、ご機嫌ですか?」

 

これは最近

自分自身に問いかけてることです。

 

自分自身が不機嫌でいる時

自覚のないところでも

周りに迷惑かけているかもしれません。

 

できるだけご機嫌でいよう。

これは自分の決めごとです。

 

何が自分を

ご機嫌にしてくれているのだろう?

そういう視点で周りを見渡すと

すでに色んな恩恵を

受けていることに気づくのです。

 

例えば

今日はお日様が出てる。

風が肌触り良く気持ちが良い。

お風呂のお湯が心地よい。

 

どう心地よいのか?

それらのエネルギーは

自分を満たしてくれているものです。

 

ちゃんと感覚を開いて生きていたい。

 

不機嫌で生きている時

恐らくそういうことにすら

気づかないまま

生きてしまっている。

 

“意味”のひとつの側面は

自分の感じた気持ちをしっかり味わう

ことから生まれるのかもしれません。

 

ちゃんと味わうことは

とても贅沢なことだとも思うのです。

 

自分にとって

ご機嫌でいることは

盲目的な決め事ではなく


感覚を研ぎ澄ませることで開く扉です。

 

ご機嫌という扉から世界を感じるとき

ちゃんと自分を元気にしてくれるものに

自分は囲まれてるという事実に立ち返ります。

 

 

エネルギーに満ち満ちた時

自分は何を表現したいと思うのだろう?

 

その時の自分には何ができるだろう。

 

日々ご機嫌でいる修行は

まだまだ始まったばかりです。

虹色の日々

今年の個展

キーワードのひとつが

”空“
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最近は空ばかり見上げています。

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”どこに辿り着くか“も

大事かもしれないけれど
その道のりや見える景色

プロセスがすでに尊いのかもしれない。

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空を見上げながら

ふとそんなことを思いました。

 

この目でこの目を見る

ここ何日かずっと考えている。

自分が本当にやりたいことは何か?

 

色々削ぎ落としてみて

行き着いた答えは

“心の声とお話をしたい”ということ

表現を通した心の対話。

 

表現とはひとつ

私にとっての“目”かもしれない

とふと思った。

 

私が見たもの考えたこととしての

私自身の目

 

見えるばかりが全てじゃない。

見えないものに目を向けて

目を凝らす日もある。

 

誰かの表現を前に

表現する人の目を覗き込む時

その目(表現)を通して

この目でこの目を見てることに

ハッとすることがある。

 

 

私の目を見てる誰かが

自分の目に映るその人

自身をみてることがある。

 

誰かに言ってるようで

自分自身に向けられた言葉とか。

 

目の奥で見ているのは

他人か自分自身か。

 

 

窓ガラスの反射越しに重なって映る

自分とその向こうの誰かに

語りかけるような

語りかけられているような

 

「あなたは誰?」

問いかけながら

問われてるのは自分

 

今の私にとって表現とは

目と目の対話。

 

「言葉を尽くさずとも

あなたの言いたいことは分かったよ。」

 

そんな微笑み 

そんな頷き

そんな意思の疎通。

 

対話とは

説明ばかりのやりとりじゃない。

 

沈黙が対話だってこともある。

 

風に揺れる木々が

今日は何かを言いたそうに見えた。